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とある長老から聞いた話
「何でこんな事をつづけているのかって,オレにもよく分からない。楽しくて行くんじゃないし,かといって理由があるとすると何かなあ…」


彼は1年おきにパプアニューギニアへの旅を続けている。旅といっても,太平洋戦争・ラバウルで戦死した戦友たちの骨を拾いに行くのだ。旅程は例年ほぼ10日間。この間に遺骨を探し,慰霊祭を行い,観光もしてくる。といっても,忘れられない戦時中の感情を共に仲間たちと確認しあうのが中心のようだ。

「戦争の話なんて若い人らは関係ないだろうねえ。わたしらいつまでもしゃべっても,戦争の話は語りきれないんだがね。ほら,話していてすぐに通じてしまうってことがあるだろう。まさに戦時中の話がそれだ。細かいところまで話さなくても分かるっていうかなんて言うか…。」

近年,小学校などをはじめとして社会人が教室に入ることが多くなった。環境問題とか英会話が中心だが,夏が巡ってくると地域の高齢者を招いて,必ず戦争の体験談をじかに子どもたちに聞かせるといった授業も増えてきているようだ。しかし,激戦のあったパプアニューギニアといっても全くピンとこない。いったいどんな所なのか。

「ポートモレスビーに着くと,何故かいつもたくさんの人が集まっているんだよ。靴なんて履いていないし,履いていると思うと左右全然違う靴だったり。最初はいったい何だろうと思ったよ,ニコニコ笑顔で妙に愛想が良くてさ。手を出してくるんだよね。よく知っている人はいろいろおみやげを準備してきたりして。」

直行便でおよそ7時間。空港に降り立った裕福な日本人はどこへ行っても現地の人々の屈託のない笑顔に迎えられるという。日本は1942年ラバウルを占領,ここを拠点として連合国と戦った。まさに太平洋戦争の激戦地。だが,韓国・朝鮮・中国などとは大違いだ。反日感情なんてまるっきり無いようだ。

「いや〜,どっから来るのかワラワラワラワラ集まってくるんだよ。なんだろうねえ,動物的な感なのかねえ?」

戦争の現場へは舗装もされていない道を,ひたすらバスで移動する。あまり現地の人に囲まれることが多くて,人気の無い草原に止めてもらい,弁当で休憩を取った。ところが,「どこから来るんだ???」いつも間にか彼らの笑顔に囲まれてしまうという。もっとも,「何かくれ」という笑顔だと言うが…。

「最近は観光客も増えたようだね。若いカップルなんかもいたりして,でも彼らは零戦や大砲の残骸とか目にすることは無いんだろうね。」

パプアニューギニアは手つかずの自然と,およそ500を超える部族の住むまさに秘境。最近は観光にも力を入れ,様々なツアーも組まれている。南太平洋の宝石も言われる海,ダイバーには答えられないほどに美しいらしい。だがこのような町には戦争の爪痕が深く刻まれている。
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