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誰も知らない
言いようもない、やるせなさ


兄・妹2人・兄の友人が後ろ姿で歩いてゆく最終映像。
その姿に言いようもない「やるせなさ」を感じた人は多いはず。
しかし,この「やるせなさ」は通奏低音のように映像冒頭から鳴り響いていたことに気が付いた人も多いはずである。

マンションの大家・ご近所,1階にあったコンビニの店員などこの家庭を取り巻く社会的環境は「無関心」に満ちていた。だが,あえてそれを「無関心」であると批判することができるであろうか。既にお分かりにように,社会的無関心は我々が個を優先することで必要としてきた作法である。この作法を遵守することで,他者の属する精神的社会への安易な関与を避け,自己の属する精神的社会を保護してきた。それはこの事件でも象徴されているマンションにおける希薄な関係性に凝縮されている。ご近所を排除した都市のあたりまえの姿である。

さらに孤立化に拍車をかけたのは,子どもの出生届も出さず,もちろん住民票も無いということによる行政的関与の全くの不在である。通常ならば検診等に伴う保健所の関与や母子家庭への児童扶養手当・保育所への措置,そして場合によっては生活保護等による福祉的関与が想定されるが,子どもたちは国民として存在していないのであるから区役所は知る手だてが全く無い。少なくとも病院で出産していれば社会との関係性が生まれてきたのであろうが,自力出産では想定外である。この場合,必ずと言っていいほど言及される行政の不手際は指摘するに当たらない。

正直,エンディングは警察,あるいは児童相談所に保護される場面を想定していた。その場面が通常彼らが社会的に救われる展開であるからだ。しかし,最終映像に描かれたのは,依然として彼らは存在し,依然と社会も存在するということをあえて象徴化した「やるせなさ」だった。

しかし,本当に「やるせなさ」だけしか感じ得なかっただろうか…。

「本当に優しい子だと感じた。社会の汚れに染まらず生きてきて、母親も絶対的な存在だった。」


事件発覚後,長男と面談した児相の職員はそう話していた。映像にあふれる少年のやさしさに,わたしたちは何かを思い起こさずにはいられない…。

題名:誰も知らない
監督・脚本・編集・プロデューサー: 是枝裕和
出演: 柳楽優弥, 北浦愛, 木村飛影,清水萌々子,韓英恵ほか
- : comments(2) : trackbacks(1) : 樹 直水 :
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コメント
最終場面は兄・妹・弟・兄の友人だったと思いますが・・・。
実際のはなしとは異なり、映画では弟も存在します。
| ユキ | 2005/11/29 2:22 AM |
これは人の事件ですか?犬とか猫ではなく?
| 匿名 | 2011/09/17 4:58 PM |
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誰も知らない
柳楽優弥は、確かに圧倒的な存在感。まあカンヌで、ああなっても不思議はないと思いました。柳楽クンだけではありません。子供たちは、どの子も、みんな素晴らしかったです。「演技」をしているのではなくて、画面の中で、実に自然にふるまっています。もちろん台本は
| distan日誌 | 2005/05/11 2:45 AM |