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散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道
評価:
梯 久美子
新潮社
¥ 1,575
(2005-07-28)
予は常に諸氏の先頭に在り

映画「LETTERS FROM IWAO JIMA」には、鬼神哭しむるごとき日本兵の姿は無かった。その淡々とした映像からは伝統的な「滅びの美学」を感じることができず、期待はずれであった方々もおられるかもしれない。しかし、それは当然のことだろう。この連作で描かれようとしたのは敵味方限らず戦争そのものへの人間的恐怖であったからだ。(Iris Yamashita Writes Letters
埴輪、人柱、玉砕やカミカゼ…。

日本は「滅び行く美学」を古代より現代まで継承し続けている。それは、飽くなき権威への執着であったり、また滅亡へと突き進まざるを得なかった先の大戦。そして、現代で言うならばバブルの崩壊かもしれない。この方向は島国であることからくるのか。最終的局面へ、決して脱構築できずに二項対立の極限にまで突き進む悲劇的国民性というものがあるだろうか。

梯久美子による本書は、その「滅びの美学」を超越したところに自らの存在意義を求めた指揮官・栗林忠通の姿を追い続けたものである。あの戦いを知る人からは「そんなもんじゃない」というような批判をも甘んじて受けることとなるだろうが、彼の人間的側面を客観的資料から明らかにし、その文学的な書きっぷりで数多くの読み手を魅了している。

指揮官栗林は既に伝説化された指揮官であった。しかし彼もまた明晰な分析力を持つ指揮官とは別の人間くさいところも見せていた。

例えば「お勝手のすきま風」を戦地から心配する手紙。妻や子にはその辛さをおくびにも出さずおもしろおかしく書かれる手紙。また、彼を慕って硫黄島に向かおうとした軍属を叱責した後、彼に送られたやさしい文面。そして、大本営へ批判を恐れず明晰な分析力により戦況を伝える電報。こういった人間性を梯は彼の手紙からじっくりと読み解き、詳細な史実と共に書き綴っている。

しかし、硫黄島の現実は戦後生まれの我々には到底想像も及ばないであろう。その地獄のような状況下で「栗林は死よりも苦しい生を生きよと言い、命の最後の一滴まで使い切れと命じてきた。」その命令に毅然として従ってきた第百九師団2万余兵の若者たち。その命を預けられた栗林の重責は想像に絶するものがある。

「散るぞ悲しき」と呼んだ辞世の句、「予は常に諸氏の先頭に在り」と呼びかけた最後の総攻撃への宣言。この時、栗林は華々しく散る玉砕を放棄し憔悴しきった姿で、しかし明晰なる分析で最後の時を迎えたのであった。
- : comments(1) : trackbacks(0) : 樹 直水 :
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コメント
TBさせていただきました。

栗林中将の家族への思いに胸を打たれました。
| タウム | 2007/05/17 8:18 PM |
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