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「小学生が携帯電話を持つことがないようにする」

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コメント:いいかも
 教育界のプロからは全く評価されていない教育再生懇談会が提言するらしい。モバイルの負の側面を心配してのことだが、当然議論百出だろうな。しかも、公衆電話の増設だの子ども向けケータイの貸与だのってあまりに稚拙すぎないか?

ケータイの歴史については、以前エントリーしているが、ネット王子とケータイ姫<ケータイがもたらしたコミュニケーションの変遷>に書いてみてる。

<過去の参照すべきエントリーは以下です>
その1 
その2
その3

いまやどこでもケータイに見入る日本人が当たり前になった景色なんだけど、これって日本と韓国だけらしい。見てる画面はだいたいがメールで、ゲームとかウェブにしてもSNSが中心。しかし、何でこんなに短期間に日本のケータイは進化したんだろう。その大いなる原因はビジネスじゃなくて実はジョシコーセー?

<ケータイがもたらしたコミュニケーションの変遷>にも書いたんだけど、この進化の過程で最も注目されたのはいわゆるジョシコーセーだ。ポケベルでも脅威の早打ちがあったけど、もちろんケータイ早打ちに取って代わった。しかし,その内容といえばいわゆる「連絡」より以上に重視されたのが相手との「つながり」。「もうねる」とか「何してる?」といったワンフレーズメッセージでリアルタイムにつながりを確認する。そ,モバゲーでもmixiでも同じ事。

一方,簡単にメルアドを変更して友人環境を簡単に叩き切ることができる。しかし,Eメールでやりとりするのは日本の端末だけらしくて,よその国はショートメール(SMS)が中心だからそう簡単に端末の番号を変えるわけにもいかないから,この一挙にメル友ぶった切りは日本固有のことなんだろうか。

このショートメッセージを考えてみると,日本人てとっても「ワンフレーズメッセージ」が大好きだよね。例えば小泉劇場は「構造改革なくして景気回復なし」とか「自民党をぶっ壊す」というワンフレーズ・ポリティクスで驚異の支持率を叩き出したこともあった。いわゆるPRの電通的手法ってやつで,いかにわかりやすく愚民の心をつかむかってことだったと。「反省だけなら猿でもできる」とか「それにつけてもおやつはカール」と同類だしね。四文字熟語とかことわざとか好きだもんね,日本人。

さらに登場するのが五七調だの七五調。万葉集とか古今和歌集とかから延々と受け継がれている日本的リズム。いかに単文にメッセージを載せるかが微妙で,さらにジョイマンみたいに韻すら踏むという短歌,俳句はショートメッセージの日本文学の根幹になってるよね。

こう考えてくると,ジョシコーセーのやってるメールって実は日本古来の文化の体現なんじゃないかって気もしてくる。(やや強引?)もちろん,そのメッセージの裏に隠されているのは自己イメージの希薄さなんだろうけど,そのもっと根底に流れているのは和歌のような感情の表出なんじゃないんだろうか。(もっと強引?)

ま,小学生にケータイは不要ってのはアタリマエの話しだし,何ら準備のできてない彼らがいきなり「みぞゆう」で「はんざつ」なネットを使うなんてダメに決まってるわね。
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