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ヨガ身体論
ところで,
最近,初心者ヨガクラスに参加してきました。
初心者だけに,ゆっくりゆっくりと基本を押さえ身体と会話しながらじっくりと取り組んでいくクラスです。
たとえば「息を鼻からゆっくり吸って,手を遠くに伸ばして…」
「口からゆっくりと息を吐きながら,胸から前に伸ばすように…」
といった感じです。

身体のあちこちを使いながら,動作をゆっくりと繰り返していきます。
日常的に使っている筋肉,ほとんど意識したことのない筋肉,そして全く思いつかなかった骨を意識することなど,
自分の身体の部位を感じるという経験は実に新鮮なものでした。

およそ半時間もたったころでしょうか。
明らかに身体を意識する感覚があふれてきました。
身体のいろいろなところが次第に調整されてきて身体としての統一感というのか,
指先とかつま先とか末端部分までが自分の身体として実感できる,そんな感覚でした。

今,調整と書きましたが,身体を調整しなおすというよりは,
いったん意識的に身体の部位を切り離してみて適切な位置に置き直すといったほうがいいかもしれません。

それからは,身体全体を自分の意識として感じながら取り組むことの気持ちよさを感じたのでした。

そして,クラスの最後には床に横たわる。
大地とつながっている自分,そして宇宙とつながっている自分を暗闇の中で想像するのです。
いかにもヒーリング的ではありますが,
日常的に意識していない身体を,
意識(アタマ?)とつながった身体感覚としてとらえ直してくると
最後には「感謝」そして,「大好きな自分」という地平にたどり着きます。

たった1時間のクラスでしたが,とても刺激的な時間を過ごすことができました。
いわゆる身体論といった小難しい話しを実体験のなかで垣間見たような感覚でしょうか。

そういえば学生だったころに流行っていた記号論というものを思い出しました。
精神と身体という両義性を超えたところに世界の認識があるんだっけ?メルロポンティとか…。
そもそもに二項対立自体を超越しなくちゃだめだという脱構築とか…。

いったい何の話しかわからなくなってしまいましたが…
実は身体感覚の細かいところに意識を向けて,
いったん切り分けてみて捨てちゃうのではなくつなぎ直す。
そして身体全体のバランスをきちんと自分の意識と同一化する。
そういった作業って,すべてにおいて「ああ参考になるんだなあ」って…。

次回はいつになるのでしょうか?という問題もありますが…。
- : comments(0) : trackbacks(0) : 樹 直水 :
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